
西廼 健

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脳梗塞を発症すると、その後遺症は様々です。特に運動麻痺という症状が代表的です。
「運動麻痺って改善するの?」と疑問をお持ちの方も多いと思います。
そして入院して医師から発症後6ヶ月で「後遺症は残ります」と説明されることがありますが、本人、ご家族様としては「諦められない」という思いがあると思います。
死んでしまった脳の細胞は元には戻りませんし、脳卒中により起こってしまう後遺症である麻痺を改善させる「薬」というものがありません。
しかし、脳梗塞になり細胞の一部が死んでしまっても脳梗塞直後より改善に向けて変化を起こします。そこで、麻痺を改善させるためには「リハビリ」が重要になります。
読み終えていただければ、麻痺という後遺症を改善させるためには、何をすれば良いのか?発症から6ヶ月経過後の可能性についての疑問や不安を解消することができます。
今回、解説させていただくのは『脳梗塞後遺症の改善を諦めず「楽に動く喜び」を広め当事者と家族のお悩みを解決し笑顔を広めるリハビリ専門家』理学療法士の西廼健(にしのたけし)です。
私は、15年間、発症直後の急性期リハビリから回復期リハビリ、在宅での訪問リハビリと発症からの経過が様々な脳梗塞を患った方とのリハビリを経験してきました。その中で蓄えた経験や知識を元に説明していきます。
目次
1、脳梗塞後の麻痺を改善させる方法
2、脳梗塞の麻痺を改善させるポイント
3、脳梗塞後の改善を妨げる体の使い方
3−1 麻痺のない側の手足を使いすぎない
3−2 麻痺のある手足を積極的に使う
4、発症からの時期に合わせて行うべきこと
4−1 発症直後
4−2 回復期
4−3 退院後(6ヶ月以降)
4−4 リハビリのポイント
5、脳梗塞後に「歩くことができる」
チェックポイント〜改善の目安〜
5−1 年齢と歩行の関係
5−2 病院のベッドでの生活と歩行の関係
5−3 食事・尿意の訴え・寝返り状況に合わせた歩行の関係
6、まとめ
1、脳梗塞後の麻痺を改善させる方法
麻痺を改善させる方法として、はじめに思いつくのがリハビリです。
リハビリというと、マッサージをしたりストレッチをしたり、筋力トレーニングしたりするイメージがあると思います。
病院などで行われるリハビリの多くはこのようなリハビリとなっています。
発症から6ヶ月までの間には、改善のスピードや改善の可能性が非常に高いので、一般的なリハビリで変化を期待できます。しかし、これらのリハビリでは限界を感じてしまうこともあります。なぜなら、これらのリハビリは「筋肉」に対するリハビリとなっているからです。そもそも、脳梗塞後の麻痺の原因は、脳にダメージが加わり起こっているので、その脳の働きから麻痺を改善する方法が重要となります。
2、脳梗塞後の麻痺を改善させるポイント
脳梗塞後の麻痺の改善には「感覚」が重要と考えています。
感覚をどうするのか?
それは、体を動かすときの自分の体の感覚をしっかり意識することが重要となります。
脳梗塞で脳にダメージがない方の運動が起こる仕組みがわかると、理解することができるでしょう。
運動が起こる時には大きく3つの過程があります。
①感覚を感じる
②運動のプログラムを作成
③動きの指令→筋肉へ
上記の図のように、体を動かすためには3つの過程があります。「まっすぐ立つ」ことを例に挙げると、「両方の足の裏から地面に足の裏がしっかり着いてますよ」という感覚が脳に送られます。その感覚を元に「どこの関節にどれくらい力を入れれば立つことができるか」という運動のプログラムが脳の中で作られます。それができて、やっと体を動かす指令が脳から筋肉に送れらます。
つまり、一番はじめの「感覚を感じる」部分で間違った感覚を感じたり、感覚を感じなければ、そのあとの運動のプログラムも間違ってしまい、結果、間違った運動の指令が筋肉に送られてしまうことになります。
よって、「感覚を感じる」ということが重要なポイントとなることがわかると思います。
こうした“体の感覚”は、日頃は意識することがないために、ゆっくりした動きの方が意識しやすくなります。
つまり、脳梗塞後の麻痺の改善のためには、ゆっくり動きながら体の感覚を意識して動くことが有効ということになります。
2012年に様々な研究を分析することによって脳梗塞後の麻痺の改善に効果的なことを導き出した研究によると、脳梗塞後の麻痺の改善のためには関節の動く感覚や足の裏の触れる感覚といった、“体の感覚”を意識することが有効と言われています(参考文献1)
3、脳梗塞後の麻痺を改善する体の使い方
実は、麻痺のない方の手足を積極的に使ってしまうと、麻痺側の改善を妨げることが分かっています。逆に麻痺側の手足をしっかり使うことで麻痺の改善も促せる可能性があります。
3−1、麻痺のない側の手足を使いすぎない
麻痺側の手足をかばうように、良い方の手足を積極的に使ってしまうと麻痺側の改善に悪い影響を与えてしまいます。
脳には右と左の2つの脳があります。右の脳は左半身をコントロールしており、左の脳は右半身をコントロールしています。その左右の脳はお互いを監視して頑張りすぎないように制御しています。
しかし、脳梗塞になり脳がダメージを受けてしまうと、ダメージを受けた脳の活動は低下します。活動が低下してしまうと、反対側の脳を抑制する力も低下します。
一方、損傷を受けていない脳の活動は高くなりダメージを受けた脳の活動を抑制してしまうのです。
脳にダメージが加わることで、脳の左右のバランスは崩れてしまいます。
さらに、麻痺のない方の手足を積極的に使ってしまうと、ダメージを受けていない脳の活動は高くなってしまい、ダメージを受けた脳を抑制してしまいます。
その結果、麻痺の改善を妨げてしまう可能性が高くなってしまうのです。
Grefkesらの研究によると、脳卒中者の麻痺手の運動と脳の働きを調べたところ、ダメージを受けていない脳からダメージを受けた脳への抑制が強いほど、麻痺側の手の運動は低下する。」と説明されています。(参考文献2)
さらに、Wardらによると、良い方の手の感覚刺激を減少させることでダメージを受けていない脳の活動は低下し、麻痺側の感覚刺激を増加させることでダメージを受けた脳の活動を増加させると説明しています。(参考文献3)
まとめると、良い方の手足を積極的に使い、感覚刺激が多くなってしまうと、ダメージを受けていない脳の活動が高まり、ダメージを受けてしまった脳の活動を低下させてしまいます。
その結果、麻痺側の手足の動きも低下してしまいます。逆に、麻痺側の手足からの感覚刺激が多くなると、ダメージを受けた脳の活動も高まるので、麻痺の手足の改善にも良い影響を与える可能性があります。
3−2、麻痺のある手足を積極的に使う
先ほど述べたように、良い方の手足を積極的に使ってしまうと麻痺側の改善に悪い影響を与えてしまいます。逆にいえば、麻痺側の手足を積極的に使うことで麻痺の改善には良い影響を与えるということになります。
麻痺側の体を積極的に使うことで、脳は変化を起こし、使っている脳の領域が拡大するという変化が起こります。(参考文献4)
積極的に使うといっても、単純な運動を反復するだけでは十分な効果が得られません。
逆に難しすぎる運動を繰り返していても効果を得ることは難しくなります。運動にある程度の難易度を設定することが重要となります。
4、発症からの時期に合わせて行うべきうこと
脳梗塞を発症から退院後まで、一貫して言えることは、「体の感覚を感じる」ことと「麻痺側の手足を使う」というところは同じですが、それぞれの時期に合わせて注意点などがあるので、説明していきますね。
4−1、発症直後
発症直後は、脳の状態が一時的に不安定となります。不安定になっていると、実際、脳卒中でダメージを受けた場所以外の脳の働きも悪くなってしまいます。そのため、難しいことや出来ないこと、理解しにくいことを頑張って行ってしまうと、脳は混乱してしまいます。
発症直後は脳の混乱を起こさずに体を動かすことが重要となります。
つまり、気をつける点としては、
・ゆっくり話しかける
・1つ1つ説明する
・相手のペースに合わせる
この3点が挙げられます。
このように関わることで脳は混乱せず理解することが出来ます。その上で、麻痺側の手足をゆっくり動かして、「手足が動いている感覚」をしっかり確認することが大切です。自分で動かせない場合は、ご家族様やセラピストに手足をゆっくり動いかしてもらいながら、本人に「体が動いていることがわかる?」など優しく声をかけながら動かしてあげることが必要です。
この時期には、どうしても麻痺側の体が使いにくく、脳も混乱していることが多いです。難しいことを行うと良い方の手足で頑張って体を動かしてしまうので、上記で述べたような損傷側の脳の働きがさらに悪くなってしまう可能性があります。脳が混乱しない程度の優しいリハビリから始めましょう。
4−2、回復期(発症後3ヶ月〜6ヶ月くらい)
急性期と言われる発症直後から脳の状態が落ち着き、次に回復期といわれるリハビリを集中的に行う期間に突入します。
回復期では限られた入院期間の中で退院に向けてどんどん体を動かすことが、増えてきます。その中で「座る」「立つ」「歩く」など生活に必要な動作のリハビリが中心になってきます。
この時期には、新しい脳の細胞のネットワークが再構築されることがわかっています。
新しいネットワークを再構築するためには、積極的に麻痺側の手足を使うことが必要となります。しかし、麻痺側の手足を積極時に使う時に注意するポイントがあります。それは、今から行う運動が「難しすぎず、易しすぎない。」ことが重要となります。
頑張っても、頑張っても出来ないことはあなたにとって、難しすぎるリハビリになっています。その状況では上手く麻痺側の手足を使うことが出来なくなってしまいます。反対に簡単に出来すぎてしまうリハビリでは、改善しにくくなってしまいます。
さらに、目標をしっかり立てることが重要です。
「麻痺の手足を良くして何がしたいか?」「そのためには、日常生活のどの場面で麻痺側の手足を使うか」をしっかり決めておくことが必要です。
4−3、退院後(6ヶ月以降)
退院後(6ヶ月以降)は回復期で練習した体の動き方が強化されて、動きが固定してくる時期となります。なので一般的には6ヶ月で脳の変化が起こりにくくなり、すなわち体の変化も起こりにくくなることで「後遺症」として残ってしまうと言われています。一般的に脳梗塞後の回復過程において、脳は自然回復しながら変化します。脳の自然回復の変化は3ヶ月までに大きく起こります。(参考文献5)
6ヶ月を越えると徐々にその変化が大きくは起こらずに徐々に緩やかになってきます。
そのことにより、「6ヶ月で後遺症が残る」と言われてしまいます。
しかし、ダメージを受けていない正常な脳の細胞については、発症からの期間と関係なく変化を起こすことがわかっています。(参考文献6)
(引用文献1)
一度固定した体の使い方に変化を起こそうと思うと、ただひたすらに運動するだけでは、固定された動きが繰り返されるだけになってしまいます。
ただ闇雲に使うだけではダメなんです。
難しすぎる動きを反復しても良い変化は起こりにくく、悪い使い方を覚えてしまい逆効果となります。かといって簡単すぎる動きを反復しても変化は起こりにくいのです。
では、どうすれば良いのか?
集中してゆっくりと体を動かしましょう。
良い方の体の使い方と同じような動きができるようにゆっくりと麻痺側の体を動かすことが丁度良い負荷となります。
4−4、リハビリのポイント
退院後、「頑張って歩く練習をしないと歩けなくなる」とがむしゃらに歩く練習をすると体力はつくかもしれませんが、麻痺側の身体の使い方に変化は起きにくくなります。
今までのことをまとめると
・麻痺側の手足が動く感覚を意識する
・麻痺側の手足を使う(良い方の手足ばかり使わない)
・理解できる範囲の練習をする
・目標をしっかり立てる
・頑張りすぎずに出来る練習を選択する
・ゆっくり落ち着いて動かす
この6点が挙げられます。
ダメージを受けて死んでしまった細胞は元には戻りませんが、このポイントを抑えながらリハビリをすることで、周りの正常な細胞が死んでしまった細胞の代わりをしようと変化を起こし、6ヶ月の壁を乗り越えられる可能性があるということになります。(参考文献6)
リハビリでは正常な周りの細胞が死んでしまった一部の細胞の代わりができるように促していくことが重要となります。
5、脳梗塞後に「歩く事ができる」チェックポイント〜改善の目安〜
脳梗塞を発症して入院すると、麻痺が起こったり、感覚がわかりにくくなったりと、様々な症状が現れます。運動麻痺や感覚障害などが出現すると自分で体を動かしにくくなります。「今後、歩けるようになるのかな?」「一人でトイレに行けるようになるのかな?」など不安なことも多いと思います。
ここでは、入院直後の状態から、最終的に歩けるレベルの予測について説明していきたいと思います。
5−1、年齢と歩行の関係
ここでは入院時に歩くのが難しい方を対象に年齢と歩行の関係の結果を説明していきます。
発症年齢 | 最終的に歩けるようになった方の割合 |
50歳代以下 | 89.7% |
60歳代 |
73.3% |
70歳代 | 47.7% |
80歳代 | 35.7% |
高齢になるほど歩くのが難しい結果となっています。
しかし、入院時に病院のベッドでの生活が自立していた方に関しては、年齢に関わらず93%の方では歩けるようになったと報告しています。(参考文献7)
結果、年齢が最終的に歩けるようになる重大な影響を与えると考えられますが、年齢だけでは決められないことを示しています。
5−2、病院のベッドでの生活と歩行の関係
ここでは、入院時に歩くのが難しかった方を対象に病院のベッド上での生活と最終的に歩けるようになるのかの関係を説明します。
ここでいう、「ベッド上の生活ができた」とは最低限、一人で病院のベッドで起き上がることができ、腰掛けることができることとしています。
ベッド上の生活ができた時期 | 最終的に歩けるようになった方の割合 |
入院時 | 93% |
入院から2週間後 | 100% |
入院から1ヶ月後 | 92% |
入院から2ヶ月後 | 50% |
入院してから、徐々にベッド上の生活が自立に向かうことが多くありますが、より早くベッド上の生活ができれば、歩けるようになると考えられます。(参考文献7)
5−3、食事・尿意の訴え・寝返り状況に合わせた歩行自立の分類
ここでは、入院時、入院後2週時、入院後1ヶ月時に食事・尿意の訴え(おしっこがしたいと自分で言える)・寝返りの3項目に対して実行項目と最終時に歩くことができるかを説明します。
入院からの経過 | 食事・尿意の訴え・寝返りの実施項目数 | 最終的に歩けるように なった方の割合 |
入院時 | 2〜3項目 | 90%以上 |
0項目 | 26% | |
入院から2週間後 | 3項目 | 71% |
2項目 | 55% | |
0項目 | 5% | |
入院から1ヶ月後 | 3項目 | 33% |
2項目 | 18% | |
0項目 | 2% |
よって、入院時から3項目が実行できていると、最終的に歩行は自立しやすく、経過が長くなり実行項目が少なくなると、歩行は自立しにくくなることが分かります。(参考文献7)
6、まとめ
脳梗塞後の麻痺を改善させるためには、「薬」というものはなくリハビリが重要となります。
そのリハビリ方法は
①麻痺側の身体の感覚を感じること
②麻痺側の手足を使う(良い方の手足を使いすぎない)
が必要になります。
病気からの経過によって関わり方も変えていく必要があります。
発症直後の急性期では脳が混乱していることが多いので、脳の混乱を助長しないように関わることがポイントとなります。
回復期といわれる発症後3ヶ月〜6ヶ月くらいには積極的なリハビリが行われます。この時期には新しい脳の細胞のネットワークが再構築されることがわかっています。新しいネットワークの構築のためには、運動が「難しすぎず、易しすぎない。」ことが重要となります。さらに目標をしっかり立てることも重要です。
退院後6ヶ月を越えると「後遺症が残る」と言われてしまいます。
しかし、ダメージを受けていない正常な脳の細胞については、発症からの期間と関係なく変化を起こすことがわかっています。(参考文献6)難しすぎたり、やさしすぎる運動では変化が起こりにくので、良い方の体の使い方と同じような動きができる程度の難易度の動きがちょうど良いと言われています。
ダメージを受けて死んでしまった細胞は元には戻りませんが、このポイントを抑えながらリハビリをすることで、周りの正常な細胞が死んでしまった細胞の代わりをしようと変化を起こし、6ヶ月の壁を乗り越えられる可能性があるということになります。(参考文献6)
決して諦めずにコツコツとリハビリをすることで改善の可能性はあります。
【参考文献】
1) Sharma,N.,Cohen L.G.:Recovery of motor function after stroke.Dev.Psychobiol 54:254-262,2012
2)森岡周:リハビリテーションのための神経科学入門:p46,協同医書出版社,2016
3)森岡周:リハビリテーションのための神経科学入門:p48,協同医書出版社,2016
4)森岡周:リハビリテーションのための神経科学入門:p12,協同医書出版社,2016
5)Cinzia C et al: Functional Neuroimaging Studies of Motor Recovery After Stroke in Adults. Stroke2003;34
6)森岡周:リハビリテーションのための神経科学入門:p34,協同医書出版社,2016
7)二木立:脳卒中リハビリテーション患者の早期自立度予測:リハビリテーション医学vol19,201-223,1982
【引用文献】
1) 森岡周:リハビリテーションのための神経科学入門:p26,協同医書出版社,2016

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